Winds Cafe #46
 ● WINDS CAFE 46 ● 【演劇詩『協力的白痴』】 2000年10月29日 丸茂潤吉 With 傾斜空間
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丸茂潤吉さんのHP le style du art

Winds Cafe  案内状より
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▼川村からひとこと

 昨年4月、インターネット上の WINDS CAFE 掲示板 http://www.st.rim.or.jp/~mal/Cafe/BBS/wwwbbs.cgi に
突然芝居の台本が書き込まれました。それが、丸茂君との突然の出会いでした。 
その後何度もメールや WINDS CAFE で意見を交換して、なんと出会いから1年8ヶ月後に、上演となった次第です。 
もちろん最初に提示のあった台本からはかなり変わっているでしょうし、長い時間の間にもいろいろなことがおきた
でしょうから、十分に推敲・練習を重ねた上での本番だと思います。 
私自身、実験的な舞台に関わっていた過去を持っていますから、若い人の情熱は十分に共有できるつもりですけれど、
ともすればやる側の熱意だけでからまわりしがちな分野であることもこれまた理解しています。 
熟成した前衛という言い方ができるかどうかわかりませんが、人に見てもらうことの意味をしっかりとらまえた舞台に
なることを期待しています。 
         
▼丸茂潤吉君からの手紙
今回初の試みとなる演劇詩、ただいま稽古中でございます。 
まずは気になるところから。「演劇詩ってなに?」これですねぇ。 
私にとって詩とは日本人の基盤を支える「和み」の系譜ではありませんでした。 
それはなにかアクションをおこさせる、積極的な前進運動のガソリンに他なりません。 
あるアートなるものが、停滞したときに詩の要素を取り扱うということは、そのままアウトバーンに飛び出すことです。 
極端な話、クラシックが詩を取り入れて 交響詩。映像が詩を欲したときに、彼は映像作家となる。 
未来派のマリネッティが詩を解体したときに、シュビッタースはそれを取り入れ、歌った。それは音響詩となった。 
日本では、演劇なるもの瀕死の状態。この分野ほど詩が必要なものはないわけで、そこでアクションを起こしたい次第。 
私なりの演劇詩の定義はありますが、まずは演劇詩とは何か。
ご鑑賞いただいた方が、各々感じ取ってくれれば良いと思います。 
 ……詩情ではなく、「詩」そのものへ向かいたい。かつエンタテインメントが成立すればいいな……そう思っています。 
         
▼プロフィール
丸茂潤吉(まるも・じゅんきち) 
1975年 福岡県生まれ。現在フリーライター、のはずだったが、都内の編集プロダクションに入ることに。 
1998年〜1999年 group201主宰として、放送作家、デザイナー、鈴木淳史らとワークショップを定期的に開く。
機関紙『group201』発行人。 
2000年 劇団「傾斜空間」の第二回公演『Fuku-Ryu』の音響担当。 

Winds Cafe  案内状より
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